【難易度】★★☆☆☆
宣伝に効果的な「意外性」
「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛んだらニュースになる」
これはニュースの世界では、よく知られることわざであり、
英国の「新聞王」と呼ばれたアルフレッド・ハームズワース氏の言葉と言われています。
「ニュースとして報じられるには意外性が必要」という意味ですが、
今回ご紹介する「なか卯」が取った「逆張り戦略」は、まさに「意外性」の最たるものといえます。
そして、絶妙なタイミングでの発表!
経営戦略を検討~実行するうえで大変参考になる事例でしたので、「東洋経済」に取り上げられていた記事をご紹介します。
卵価格の歴史的な高騰
安定した価格によって家計を支え、かねて「物価の優等生」と呼ばれていた「卵(鶏卵)」ですが、鳥インフルエンザ拡大による鶏卵の供給不足と価格高騰で、スーパーの卵パック価格は10個入りで300円台超にまで上昇している状況です。
【卵価格の変化】

出所:IT mediaビジネス ONLINE
その結果、マクドナルドやガスト、バーミヤン等、飲食業界では卵メニューを休止する動きが上場主要外食100社の3割にまで広がっています。
外食を取り巻く「値上げ」圧力は、なにも「卵」に限ったものではなく、
光熱費は折からの電気代高騰などで大幅にコスト増になっていますし、人手不足と政府の賃上げ政策で人件費も今後、じりじりと上がっている状況です。
帝国データバンクによると、4月に値上げされる食品や飲料は「再値上げ」や価格を変えずに内容量を減らす「実質値上げ」を含めると、5106品目。
5月には700余りが、6月には「カップ麺」や「のり」など2390品目が値上げされるという家計には大きな逆風が吹いています。
そのような中・・・
なか卯の値下げ発表
ゼンショーホールディングスは4月5日、「なか卯」の親子丼の価格を変更すると発表しました。
「価格改定」と言っても昨今、相次ぐ「値上げ」ではなく、その真逆を行く「値下げ」です。
私は新聞でこの記事を見て“印字ミス?”と思ってしまったほどです。
親子丼の並盛は従来の490円から450円であり(価格はともに税込み)、しかも、値下げに伴う「減量」などはいっさいなく、内容はそのままとのこと。


「なか卯」に限らず、大手外食チェーンはこれでも極限までコストを削減し、低価格を実現してきました。
今回の「値下げ」はすでに「ギリギリの原価」を一層厳しいものとするはずですし、短期的には利益を吐き出し、収益を圧迫するのは間違いありません。
それでもあえて「逆張り」に挑むのは当然、勝算があってのこと。
短期的に利益を吐き出す形となっても、「宣伝効果のメリットが勝る」と踏んだと思われます。
実際、今回の「値下げ」をメディアは大きく取り上げました。
しかも今回の「なか卯」の発表は「メディアでの取り扱い」を最大化するために、発表時期の設定でも「上手さ」が際立っていました。
こうした時流とまさに正反対の「なか卯」の値下げを、ニュースや新聞等でメディアはこぞって取り上げました。
サイゼリヤの「値上げしない」宣言
メディアへの露出を増やそうとする際、「逆張り」は有効な作戦となります。
記憶に新しいところでは、値上げラッシュが始まっていた2022年10月に、いち早く「値上げはしない」と宣言した「サイゼリヤ」です。
この「値上げしない宣言」を多くのメディアが報じました。
この「値上げしない宣言」の広告効果は、大きかったようで、2022年9~11月期の連結決算で「サイゼリヤ」は前年同期の2億1900万円の赤字から約17億円の黒字に転換しています。
決算会見で、松谷秀治社長は「値段は上げないので、価格や品質ともにかなりの優位性が出ている」と語っています。

企業が押さえるべき、3つのポイント
ただ「何でも逆に張れば」メディアが取り上げるというわけではありません。
この「逆張り戦略」を機能させ、「マス」メディアでの取り扱いを最大化させるには、押さえるべきポイントが存在しているんです。
① 商品の性質
1つ目は「商品の性質」です。
商品が「マス」メディアの顧客である一般の視聴者・読者にとって、身近なものでなくてはなりません。
「テレビの食べ物特集」で最も取り上げられるものといえば、価格は1杯1,000円前後のラーメンですね。
ほとんどの視聴者にとって「食べようと思えば、食べられる価格帯」にあり、身近な商品だからこそ、テレビとしては取り上げやすいといえます。
反対に「1人前15,000円のフレンチのフルコース」だと、普通の視聴者が気軽に食べられる代物ではないため、大半の視聴者に「自分には関係ない」と思われてしまう商品を、テレビは紹介しにくいということが背景にあります。
② 大儀を背負っている
2つ目のポイントは「大義を背負っている」ということ。
ビジネスである以上、「得になる」と見込んで「逆張り」を仕掛けているはずですが、「逆張り」の理由を問われたときには間違っても「そのほうが広告効果も大きくなって、儲かるからです」と「私利私欲」を漏らしてはいけません。
③ タイミング
そして最後は「タイミング」です。
「逆」張りである以上、「順」張りが世間の大勢でなければなりません。
「順」張りを表明する企業が相次ぐ中で、「逆」を行かなくてはなりません。
また、「順」張りの表明がひと段落した後では遅く、その「渦中(真っ最中)」であることが重要です。
今回の「なか卯」の「逆張り」は、この3つのポイントを見事に押さえています。
①~③を簡単に解説すると
① 「商品の性質」(解説)
「商品の性質」に関しては、身近で手ごろな値段設定ということもあり、マスコミも取り上げやすいですね。
② 「大儀」(解説)
「大義」に関してですが、読売新聞の取材に対し、「なか卯」の広報は値下げの理由として以下のコメントをしています。
「看板商品の親子丼をより多くのお客さまに楽しんでもらいたい」
「より多くのお客さまに楽しんでもらいたい」とは、ビジネスの言葉に置き換えれば「売上を増やしたい」でもあるのですが、
広報としての言葉はあくまで「お客さまのため」となっている点がポイントです。
③ 「タイミング」(解説)
「4月1日」ではなかったのも絶妙です。
4月といえば、新年度の始まりでもある。4月1日を区切りとして、多くの企業が値上げに踏み切りました。
今回の「なか卯」の発表のタイミングですが、単に「値上げラッシュ」に重なったというだけではなく、発表日の設定も絶妙でした。
プレスリリース配信サイト「PR TIMES」で値下げを発表したのが、4月5日(水)11時。
実際に値下げが行われるのは、その翌日・4月6日(木)。
4月「1」日は、メディア露出を狙う企業にとっては、「最も競争の激しい1日」であり、定番の「一風変わった入社式や入学式」、「新年度から施行される新たな法制度」、「新商品発表会」など、「ニュースの素材」が目白押しとなります。
「新年度の定番ネタ」を押しのけて、自社の情報を取り上げさせるのは並大抵では無理と言えます。
自社情報をメディアに取り上げさせたい企業からすると、「ニュース目白押し」の4月「1」日ではなく、ひと段落した「5」日のほうが扱いが大きくなりやすくなります。
さらに「なか卯」の場合は日にちだけではなく、時刻も巧妙とのこと。
PR戦略コンサルタントの下矢一良氏によると
発表したのは、午前11時。
テレビ局の担当デスクは少しでも鮮度の高い情報を届けるため、「ニュース探し」を当日になっても続けている。
午前11時であれば、夕方のニュース番組に余裕で間に合う時間だ。
さらに当日の夜のニュース、翌朝のニュース情報番組でも取り上げられる。
テレビの露出を最大とするために、まさに計算された発表時間と言えるだろう。
とのこと。
親会社の体力があってこその戦略
今回の「逆張り」の理由を考えると、「なか卯」というブランドの「微妙なポジション」も影響しているといえます。
以下、東洋経済ONLINEから抜粋
「なか卯」の親会社であるゼンショーホールディングスの売上高は、約6600億円。
ライバルの吉野家が約1500億円だから、グループとしては4倍近い差がある。
だが、「なか卯」単体で見ると売上高は297億円なので、吉野家の2割以下に留まっている。
つまり親会社・ゼンショーは「圧倒的強者」であるのだが、「なか卯」自体は「挑戦者」として戦わなくてはならない立場なのだ。
昨年、「吉野家」は「開発期間10年」という力の入った親子丼を期間限定で販売し、350万食を売り上げた。
このときの販売価格は並盛で437円。卵高騰後の現在、もし「吉野家」が親子丼に再参入をはかるとしたら、当然、昨年以上の価格設定とならざるを得ない。「なか卯」の親子丼は値下げ後で450円なので、吉野家が同等以下の価格を目指すとすると、再参入のハードルはかなり高まったのではないか。
今回の「なか卯」の「逆張り」ですが、外食業界の「圧倒的な強者・ゼンショー」だからこそ取れる戦略とも言えます。
体力を削る「値下げ」に耐えられるのは、強者のみと言われています。
今回のような値下げ設定戦略においても、業界内における自社のポジション、他社との差別化、将来を見据えた勝算の検討、発表のタイミング等、
経営戦略は多面的に考えていくことが重要なんですね。
私も全体を見据えて戦略立案のお手伝いができるよう、日々精進してまいります。