MBA取得時の修士論文②(先行研究から考察する「事業承継の理想像」)

【難易度】★★★★★

【この記事では】
・私がMBA認定を受ける際に書いた修士論文②を掲載いたします。
・普段は「わかりやすく」を意識して記事を書いていますが、今回は学術的な論文であるため、気軽に読める記事ではなく、読み物としては堅苦しくなっている点ご容赦ください(特に今回の第2章は、過去の先行研究を取り上げている章のため、より一層読みづらいかと思います・・・)。

~第2章 中小企業における事業承継の現状と課題~

【この記事のPOINT】

第1節 事業承継を取り巻く状況

第1項 少子高齢化に伴う事業承継の問題点

現在の日本における中小企業の事業承継問題は、先延ばしの余地がない喫緊の課題となっている。

2025年には、引退年齢の平均である70歳を超える中小企業の経営者は約245万人となることが予想され、そのうち約半数、つまり日本企業全体の1/3にあたる約127万人が後継者未定という危機的状況である。現状のままで推移した場合、中小企業者廃業が急増することより、2025年頃までに累計で約650万人の雇用、GDPに換算すると約22兆円が失われるという深刻な試算結果が発表されている(中小企業庁, 2018, p.5)。

中小企業の経営者で、年齢層が最も厚い層は1995年には47歳であったが、2018年には69歳となり、23年間で22歳分の高齢化が進展していることから、これまで事業承継が進んでいなかったことが把握できる(図表 2ー1)。

日本の企業数は約382万者あるが、その10年前の2006年の統計では約420万者、また、その15年前の2001年統計では、469万者と年々減少している状況である(総務省統計局, 2016, pp.17-18)。

以前は、企業数減少の要因は倒産が多数を占めていたが、近年は休廃業が86.4%(東京商工リサーチ, 2020, p.7)となっており、休廃業・解散する直前期の決算において、2020年は企業の61.5%が黒字でありながら休廃業を選択している状況となっている。
2017年に休廃業や解散した企業において、60代以上の経営者は全体の約83.5%を占めていること(東京商工リサーチ, 2020. p.9)、また、2016年の経営者平均年齢は59.3歳と過去最高になった中、2016年の経営者交代率は4%にも満たない状況で推移していること(帝国データバンク, 2017, p.2)から、世代交代がうまくできずに、やむを得ず休廃業を選択している背景が見えてくる。

そもそも事業承継とは、現在の経営者から後継者に『事業』を引き継ぐことであるが、「資産」、「人(経営)」、「知的資産」の3つに区分することができ、それぞれを計画的に承継していくことが必要である(中小企業庁, 2019, p.6)。

「資産」の承継とは、経営していくうえで必要な株式や不動産、機械設備などの事業用資産があり、後継者へ移転する際に贈与税や相続税、所得税等が発生することから、少しでも税負担を軽減するために計画的な対策実行がポイントとなる。事業承継を行う企業だけでなく、支援する側の専門家も、この「資産」の承継に焦点をあてることが多く、事業承継=相続対策と見なす傾向があるが、あくまで事業承継の一部分に過ぎない点を認識する必要がある。

事業承継対策において、相続対策を含めた税金対策等(数字面)だけではなく、後継者育成や経営理念の引き継ぎ、経営者や家族、周囲の関係者の人的(心情面)をくみ取った対策がより一層重要であり、「人(経営)」、「知的資産」の承継こそ時間をかけて、計画的に対策を講じるべきである(飯島, 2012, p.42)。※以下、「人(経営)」、「知的資産」の承継については「経営承継」と表現することとする。

事業承継を進めるにあたり、経営面や税務面、金融面等において、幅広い範囲で数多くの課題があり、専門家の支援を受けながら対策を講じていくことが欠かせない。

第2項 中小企業における人的資源の制約

日本の生産年齢人口(15~64歳)は、1995年に約8,700万人とピーク迎えてから減少に転じ、10年後の2015年になると約7,700万人まで減少している。この傾向は今後も継続していくことが見込まれ、2060年頃には約4,800万人と、2015年時点と比べて約6割の水準までに減少すると推計されている(総務省, 2017)。

大企業と比較すると中小企業は人材確保が困難な状況であり、経営者の能力がそのまま企業の業績に反映されやすい傾向がある。野村総合研究所(2013, p.15)の「中小企業の事業承継に関する調査にかかる委託事業報告書」によると、親族内承継における問題として、約6割もの経営者が「後継者の経営者としての資質」、「後継者の能力不足」をあげており、企業の発展において優秀な従業員確保、育成が重要であることは当然であるが、それ以上に中小企業においては後継者育成、能力開発は重要な課題といえる。
また、中小企業における人材確保が困難であることは、事業承継形態にも大きな影響を与えている。

近年、事業承継の多様化が進展しており、親族内承継が減少傾向にある(みずほ情報総研, 2015)。
30〜35年前には、事業承継した経営者の82.5%が息子や娘、7.4%が息子や娘以外の親族、6.5%が親族以外の役員や従業員、3.7%が社外の第三者に事業承継を行っていたが、調査の直近5年間に事業承継を実施した経営者のうち、26.7%が息子や娘、7.6%が息子や娘以外の親族へと親族内承継が減少しているのに対し、社外の第三者に事業承継を実施した経営者が39.3%と最も多く、親族以外の役員や従業員に事業承継を行なった経営者が大きく増加して26.4%となっている。

親族以外の後継者への承継が増加している主な理由として、「役員・従業員の士気向上が期待できる」、「役員・従業員から理解を得やすい」があり、比較的従業員規模が大きく、経営における役員・従業員の役割が大きい中規模企業では、役員・従業員のモチベーション向上の観点から、親族以外の後継者が選択され、その結果、親族以外への事業承継の割合が、高まっていることがうかがえる(野村総合研究所, 2012)。

一方、企業規模別で見た場合、小規模法人や個人事業主に関しては、依然として親族内承継が多い状況である(東京商工リサーチ, 2016)。

多様化が進んでいるとはいえ、小規模企業における親族内外承継の割合は90.3%を占めており、今回、研究対象としている「小規模法人」における同族内企業における親族内承継の重要性は高いといえる。

第3項 中小企業における事業承継の複雑性

事業承継が複雑な経営課題である理由は、資産承継と経営承継があり、両方を実行して初めて事業承継が完了したといえることにある。資産承継は自社株や事業用資産の移転時における税金対策等があり、経営承継は経営の引き継ぎや後継者育成等がある。

前項の親族内承継が減少している理由の一つに資産承継の問題も絡んでおり、その背景には納税負担の問題がある。株式や事業用資産は相続や贈与により無償で後継者へ移転するケースが一般的であり、資産を買い取るための資金準備は必要ないものの、贈与や相続時に納税負担が発生する。現在の日本の贈与税や相続税は累進税率で段階的に税率が上昇していく仕組みであるが、最高税率が55%と他国の比べて高い税率である。

事業承継で後継者に引き継ぐものは資産とは限らず、債務・個人保証等も含めた負債も引き継ぐことになる。事業承継後に万が一、経営不振や多額の債務により会社経営が困難になってしまった場合、経営者は自宅等の個人資産を明け渡さなければならず、債務・個人保証等は、後継者にとってみれば事業承継した後の大きなリスクとなる。

同族企業の事業承継を複雑化させているものの理由に「企業特有の個別事情」と利害関係者の「心情面」があり、スリーサークルモデルからその特殊性を把握していきたい。

Tagiuri and Davis(1996, pp.200-201)は、ファミリービジネスを「所有」「経営」「ファミリー」という3つの要素から成る複合体として捉え、3つのサークルで区分された7つの領域に属するステークホルダーの立場の違いにより、様々なコンフリクトが生じることを説明している。

特に、複数のサークルが重なる部分(4~7)においては、ファミリービジネス特有の問題が生じやすく、主な内容として、[4]の領域では、事業内容と保有資産のバランス、情報開示、[5]の領域では、ファミリー社員の雇用とその他社員との関係、[6]の領域では、相続対策、[7]の領域では、ファミリー間の利害調整や周囲のステークホルダーとのコミュニケーションなどの課題が生じ、順調に経営してきた企業でさえも、事業承継をきっかけとして微妙なパワーバランスの変化し、大きな変容を迫られることになる(Tagiuri,Davis, 1996, p.202)。

また、奥村(2015, p.8)は、ファミリービジネスの経営がその他の企業と異なり、非経済的な要因が経営に入り込むことで複雑さを増していると指摘している。

ファミリービジネスの事業承継は、“第二の創業”を目指した組織改革、後継者育成、親族外幹部の登用、自社株式の取り扱いなど、複雑な経営課題への対応を迫られることになり、事業承継準備の先送りにも繋がってくる。事業承継を先送りしてしまう背景には、主に「社長の心的理由」と「中小企業における事業承継の複雑性」があると言われており、社長の心的理由として、「できることなら一生社長であり続けたい」等の無自覚の本音や「後継者がまだ若い」「景気が良くない」「困難な問題がある」等(名南, 2016, p.186)がある。

経営者が事業承継を先延ばしにすることで発生する問題として、子息等への承継後の企業パフォーマンスは、経営者の高齢化で悪化することがある(安田, 2005, p.69)ことに注意しなければならない。

このようなファミリービジネス特有の経営課題を解決するために、外部の専門家を活用する方法があり、下記の観点から有効性が示されている(「ファミリービジネスの事業承継対策」 2021年11月20日閲覧)。

①社内には無い専門性や資源を利用できる
②外部の視点を取り入れることにより、当事者間では実現できない客観性・公平性のある変革に取り組める
③社外の人材との協働により、人材(特に後継者)育成のためのOJTの場を提供できる
重要なことは、現経営者の事業承継に対する理解と心情面での不安を払拭するための調整役が必要であるといえる(久保田, 2013, p.166)。

第4項 物的承継の新たな法整備

「物的承継」に関しては、2009年の税制改正で導入された事業承継税制により、税務面や法務面において承継しやすい環境が整備され始めた。事業承継税制は、後継者が事業を継続することを条件として自社株に対する贈与税や相続税の納税を猶予する制度であるが、2018年度税制改正でさらに利用しやすい制度となり、猶予対象となる株式が2/3までで80%の納税猶予であった制度が、全株が対象となったうえ、100%納税猶予することが可能となった(中小企業庁, 2020, p.2)。

 当該制度は、贈与税や相続税の納税を原則猶予するものであるが、一定要件を充足しながら、後継者が次の世代に株を移転できれば納税が免除される制度でもあり、有効に活用することができれば、円滑な資産承継に繋げることができる。

飯島(2012, p.22)は、事業承継税制が導入される以前から、事業承継の推進において「資産承継」に焦点を当てすぎてきたことを指摘している。「資産承継」に偏向した背景には、株式を承継する際の民法における遺留分と、多額の税負担という中小企業特有の事業構造の問題があり(久保田, 2010, p.84)、事業承継税制の導入により、それらの問題は解決しやすい環境整備が整ってきたといえる。

一方の「人的承継」については、後継者が経営者としての能力を身につけること、また、社内における従業員との信頼関係構築期間が必要であり、早期かつ計画的な後継者教育の必要性がある(飯島, 2012, p.76)。

第2節 経営承継対策の重要性

第1項 これまでの事業承継の傾向(資産承継への偏向)

事業承継には、「経営承継対策」と「資産承継対策」の2つの側面があり、従前は親族内承継が多かったため、事業承継の課題は「いかに税金の負担を減らせるか」といったいわゆる相続税対策中心の「資産承継対策」が主な論点であった。

一方、昨今は、後継者不在の問題を抱える会社が増加していること、また、ビジネス環境の複雑化が進み、経営変革が求められる中で、会社の競争力を進展させるためにどのような形で承継していくかという「経営承継(「人」と「知的資産」の承継)」対策の重要性が高まってきている。

そもそも知的資産とは、図表 2 12の通り、人材や組織力、顧客とのネットワーク、ブランド等、目に見えない資産を示し、企業の競争力の源泉となるものであり、企業の強みとなる資産を総称する幅広い領域を意味する。知的資産の源泉は、人的資産(社員のモチベーション、スキル等)、組織の構造資産(情報関連のシステム体制、研究開発力、製造ノウハウ、ビジネスモデル等)、外部との関係資産(対外交渉力、きめ細かいサービスによる顧客満足度、豊富な販売チャネル等)、の3つに大きく分類することでき、この知的資産の整理、再確認、見える化を通じて、後継者へ承継していくことが重要である(「知的資産と知的財産権の違い」2021年11月15日閲覧)。

資産承継と比べて、経営承継(「人」と「知的資産」の承継)は、計画的かつ時間をかけて取り組む必要性が高く、現経営者が後継者と一緒に経営に携わる伴走期間は長い方がよいが、同族企業においては伴走期間を長い期間確保できることが同族外企業と比べて有利な点であり、同族企業の特権ともいえる(南波, 2016, p.85)。

第2項 後継者育成の意義

中小企業は組織規模が大企業と比べて小さく、経営者の交代周期が長いため、事業承継による企業変化の影響は大きくなる。特に中小企業は経営者の属人的要素が高く、先代社長の強いリーダーシップで成長してきた企業は、代表者交代により経営者の求心力が低下し、企業のとりうる戦略を見失う懸念がある。事業承継後も継続して発展するために必要な後継者育成は、中小企業にとってより重要性の高い課題といえる。東京商工会議所の調査によると、後継者育成に必要な期間について「承継予定時期の5~10 年くらい前から行う必要がある」と回答した割合が最も多く(東京商工会議所, 2018, p.22)、後継者育成は、できるだけ早期、かつ、長期に渡り計画的に取組むことが必要である。

先行研究において、経営者として必要な能力は属人的、先天的なものでなく、後天的に訓練によって習得できる技能であり(菅野, 2011, p.66)、リーダーであることの第一要件は、リーダーシップを仕事と見ることであり、リーダーシップはカリスマ性に依存しない(ドラッカー, 2006, p.78)ことなど、後継者教育の重要性について述べられている。

また、育成とは、単に「人を育てること」だけではなく「人が育つ環境を作ること」であり、そのための方法として「具体的な責任と権限を与える」「将来性ある人を小さな部門のトップの地位につける」ことが効果的(山下, 2020, p.112)といった考え方が多く、後継者個人に対する教育だけではなく、組織全体で取り組む必要性を示している。

次に、後継者に必要な能力に関する先行研究レビューを行う。ドラッカー(2006, p.121)は成果をあげる“人間のタイプ”というものは存在せず、成果をあげる人の共通点は“なすべきことを成し遂げる能力”を持っているだけであり、リーダーシップは“仕事”であり、カリスマ性に依存しないと述べている。菅野(2011, p.89)も、経営者として必要な資質は先天的なものではなく、訓練により後天的に習得できる能力・技能であるとしている。

後継者に必要な能力は、おおよそ2つに大別される。菅野(2011,pp.101-104)はその能力を「科学系スキル」と「アート系スキル」に分け、前者は左脳で培われ形式知化可能であり、後者は右脳や心情で培われ暗黙知に属するとしている。科学系スキルは仕組化することで習慣化することが比較的容易であり、講義や教科書を通じて習得することが可能である一方、アート系スキルは形式知化することが困難であり、体験を通じて習得する要素が強いため、講義等で習得するには限界がある。

また、久保田(2010, p.101)も経営者に必要な能力を「経営実務能力」と「経営者としての人的能力」の2つに分け、前者を職務遂行するための専門知識や業務処理能力(商品・業界知識、経理・財務知識、経営管理能力等)とし、後者を経営者本人に備わっている能力として、知識のように本で学ぶことができない能力と位置づけている。つまり、前者は菅野が主張する「科学系スキル」、後者「アート系スキル」と同様の能力を示している。

菅野、久保田とも共通して主張していることは、科学系スキルは形式知として習得可能であることから、優秀な経営スタッフに大半を任せることが可能であり、科学系スキルで対応できない経営課題こそ経営者が解決すべきであること、また、その解決に必要となるアート系スキルは早期から(幼少期教育も含む)、長期間かけて様々な経験を通じて習得するべきであると述べている。後者スキルの効果的な習得方法として、菅野(2011, p.142)は「できるだけ若い頃に体験する」、「全体を俯瞰できる立場でリーダーとしての経験を積む」、「失敗しても会社としての損害が少なくなるようダウンサイドリスクを小さくしておく」、久保田(2010, p.132)は「他社で勤務経験をさせる」、「子会社や関連会社の経営を任せる」、「責任と権限を与える」、「小さな部門のトップに配置する」と述べている。後継者の他社勤務経験がないと、外部からの客観的視点を有さず、既存の企業風土に黙従する傾向があり、経営革新の阻害要因になりうる(堀越, 2013, p.51)。

他社での勤務経験の中で成功体験や成果があれば、後継者がその後自社で勤務する際の自身に大きく繋がることに加え、自社従業員からの信頼も得やすくなるという効果が指摘されている(飯島, 2012, p.32)。


経営者が会社の第一線を退き、会長という立場で後継経営者を支えるケースも多いが、事業承継後は意思決定には積極的に関与せず、基本的には後継経営者に決定権を委ねるスタンスが望ましい(村上, 2010, p.29)。関与する場合は、後継経営者から相談を受ける場合や企業理念に基づく価値観の共有(飯島, 2012, p.52)等、必要に応じた助言にとどめることが重要である(みずほ総合研究所, 2015, p.12)。

こうした教育を進める場合にも、事前に育成計画を明確にし、時間をかけて取り組むことの必要性が理解できる。
 

第3節 事業承継の本質

第1項 同族企業の特徴

「ファミリービジネス(同族企業)」の特徴として、短期的な収益よりも永続的な成長を重視し、利他の精神で社員や顧客、取引策、社会など周囲のステークホルダーへの貢献を優先している点があげられる(浅羽, 2018, p.44)。

星野(2017, pp.64-66)は同族会社の特徴として、「経営」と「所有」が一致していることから、中長期視点による経営が可能であること、親から子に承継が行われることから30年程度に一度のビジネスモデル自動転換システムがビルトインされていること、経営者の年齢が事業承継により親子間の年齢差程度若返ることによるドラスティックな価値観の変化が起きることをあげている。親子間の年齢差があれば、事業承継を通じて経営者の価値観が大きく変化し、後継者による時代変化への適応する機会にもなる。特に現在においては、後継者は子どもの頃からITに慣れ親しみ、グローバル化の中で育った環境も時代変化への対応力として強みになると考えられる。

浅羽(2018, p.49)は、同族会社は企業の存続を第一に考える傾向が強いため、周囲の利害関係者と良好な関係を構築し、経営者のリーダーシップが強く、迅速な決定ができることをあげている。事業承継の観点で見た場合、ドラスティックな変化をもたらすと同時に、長期的視点で計画的に取り組むことができることが、同族企業の強みとも言える。

また、後継者は親である経営者と異なり、これから会社を何十年と経営していく使命を背負っており、10年後、20年後を見据えて真剣に考える立場であるため、意欲や責任の面でも緊張感を持って取り組む傾向にある(菅野, 2011, p.105)。会社の新陳代謝を促進し、経営革新を行うタイミングとしては、事業承継が絶好の機会といえる。

一般的に、経営革新という言葉からは、従来は存在しなかった新しいものを創出する行為をイメージしがちであるが、ドラッカー(2006, p.212)によれば「経営革新とは環境変化への積極的な対応」と定義しており、「環境変化の中に新しい事業機会を見出し、組織や技術力を革新、進化させることによって、社会や顧客に対して今までにない新しい価値を提供すること」と述べている。つまり、技術革新ばかりが経営革新の意味することではなく、変化はリスクになりうるが、変化しないことはそれと同等にリスクがあることを示している。

また、星野(2017, p.65)は、同族会社は後継者にとって「創業リスクが軽減されたベンチャービジネス」と捉えており、先代から引き継いだ経営資源やノウハウで、当面の資金を工面できるため、余裕を持ってイノベーションにとりかかりやすいことに触れている。

一方、経営者の能力が組織に及ぼす影響が大きい同族企業にとって、企業を存続、発展させていていくためには後継者はふさわしい教育を受け、成長していかなくてはならない。同族企業において、現経営者(もしくは先代)である親は「伝統」「歴史」を守ろうとし、後継者である子は「変化」への抵抗よりも「挑戦」する傾向があるため、対立が起きることが多い(星野, 2017, p.114)。

後継者にとっては、創業リスクが軽減されるメリットはあるものの、そもそも自ら選択した事業とは限らず、従業員の責任を背負うこと、また、その従業員は自分よりも長く会社に在籍している年上であることも多く、人間関係の面で多くの困難が予想される。そのため、先代が築き上げた事業の引き継ぎは、場合によっては創業するよりも大変なケースも多い(山下, 2019, p.94)と言われている。

親子、身内だから経営に関する率直な話がしづらい、ということは一般的なことであり、コストを費やしてでも定期的な会合以外に、質の高いコミュニケーションを行うための工夫が必要不可欠である。そのため、社外取締役や家族以外の専門家を活用する手段もある(浅羽, 2018, p.91)。親と子の対立を当事者間もしくは企業内で解決を図ることは困難であり、客観的な立場で両者を調整し、後継者特有の困難を理解したうえで育成支援を行う外部専門家の役割は大きいと考えられる。

次に、同族企業の特徴をエージェンシー理論とスチュワードシップ理論から見ていく。
Jensen & Meckling(1976, pp.333-334)によれば、株主である依頼人(プリンシパル)と経営者である代理人(エージェント)の間には経済的効用の観点から、お互いの利害関係が一致するとは限らないため、経営者は自身の利益を追求する可能性があるという経済学に基づくエージェンシー理論を提起している。この問題を防ぐ手段として、コストをかけて依頼人をモニタリングする必要性が生じる。

同族企業においては、依頼人である株主と代理人である経営者が一致していることが大半であり、上記利害関係の対立が起きないことから、モニタリングコストが軽減されるという特徴がある(小川, p.146)。つまり、同族関係者によって所有、経営されている同族企業は、依頼人と代理人との利害一致によるエージェンシー問題の緩和されることになり、競争優位性の源であるといえる。

一方、社会学や心理学に基づくスチュワードシップ理論においては、前述のエージェンシー理論と異なり、自らの利益を追求するよりも組織や社会の利益を重視し、周囲に対する幅広い社会目的を実現するために努力するものとの考えがベースとなっている(小川, 2009, p.151)。この考えに基づけば、経営者は企業の目的を達成するために株主利益と一致することになり、モニタリングの必要はなく、経営者は株主の目的実現に向けた行動をとることとなる。同族企業においては、この理論に基づく行動をとる傾向が強く、従業員や取引相手、顧客や社会と長期的、かつ安定的な関係構築のために大きな投資を行い、継続的に努力する傾向がみられる(奥村, 2015, p.12)。ジャスティン・クレイグ(2019, p.88)は、スチュワードシップは「手に入れるもの」によってモチベーションを得るのではなく、何かを行うことによって「感じるもの」からモチベーションを得る(内発的モチベーション)と述べている。このような傾向が非同族企業と異なる企業行動をとり、経営成果を高めると考えられている。

以上に見てきた通り、同族会社はエージェンシーコストが低く、スチュワードシップが発揮される組織風土を持ちやすいという特徴から、長期的な視点で独自のマネジメント手法や経営戦略を立てやすく、経営革新をしやすい環境にある(星野, 2017, p.131)と言える。

第2項 後継者に必要とされる能力と早期準備着手の効果

東京商工会議所(2018)のデータによると、30代に事業承継した企業は、事業承継後最も業況を拡大しており、40代以降は横ばいの推移となっている。20代では他の年代に比べて業況が悪くなった割合が高い傾向となっている。

30~40代で事業承継した企業は、ちょうどよい時期であったと評価している割合が高く、20代では、もっと遅い方がよかった割合が約半数を占めている。

上記2つのデータより、事業承継をした経営者の年齢が若い方が、承継後は業績を伸ばす傾向にあるものの、後継者としての経験や承継に向けた準備期間が少ない20代経営者は事業承継のための引き継ぎ期間の確保が必要であることが読み取れる。

事業承継後に新たな取り組みを行っている割合では、20~50代は新たな販路開拓を行っている企業が多く、新商品開発、異業種参入による新たな取り組みを行っているのは30~40代前半の企業が多い。

以上のデータから、社会である程度経験を積んだ若い年代(30~40代)で経営者としての育成機関を経た後に事業を引き継ぐことが、承継後に業績拡大に向けた新たな取り組みを行う傾向が把握でき、事業承継においては後継者にとって適切なタイミングがあるといえる。

第3項 事業承継を契機とした経営革新の重要性

事業承継とは、単に経営権を後継者に移転することだけではなく、承継後も企業の維持、発展を図ることにある。つまり、経営権を移転する時期だけではなく、後継者が承継後に企業を取り巻く環境変化に適合できるよう経営方針を変革していくことが重要である。

前項で見た通り、後継者には事業を引き継ぐ適齢期(30~40代)があるが、事業承継は後継者の適齢期に実施されることで経営革新が取り組みやすい環境が生まれること、また、「他社での勤務経験」「承継までの事前準備・早期着手」が重要であり、承継後は先代経営者が経営に関与しすぎることは逆効果になる(村上, 2010, p.18)。先代は後継者が支援を求める場合等、必要に応じて補佐する役割が効果的といえる。

また、久保田(2013, p.45)は、「後継経営者の役割」は、①会社を潰さないこと(利益をだすこと)、②社員の力を結集させること(人柄、リーダーシップ、実績)、③経営革新を行うことの3つであると述べている。

そもそも、「経営革新」とは“環境変化への積極的な対応”を意味し、環境変化の中に新しい事業機会を見つけたり、技術や組織を革新したりすることによって、社会や顧客に対してこれまでにない新しい価値を提供すること(神谷, 2019, p.23)である。

イノベーション(経営革新)という言葉から“リスク”を連想しがちであるが、「イノベーターはリスク志向ではなく、機会思考であること、また、イノベーションを行わず、現状維持の方が大きなリスクを伴うとドラッカー(2008, p76)は述べている。

経営革新に取り組んでいる企業と取り組んでいない企業の業績の違いを示したデータが図表 2 19である。企業規模に関わらず、経営革新に取り組んだ企業の方が、業績改善に繋がった企業の割合が高いことがわかる。特に小企業においては、業績改善の割合が、取組企業が43.8%に対して、非取組企業は17.5%となっており、26.3ポイントも開きがある。一方、中企業においては、この差が11.3ポイントとなっており、小企業が事業承継をきっかけとして経営革新に取り組んだ時の効果が中企業よりも大きくなる傾向があるといえる。

出所:村上(2010)「事業承継を契機とした小企業の経営革新」『日本政策金融公庫論集』第8号,日本政策金融公庫・総合研究所, p6.

事業承継は「第二創業」と認知されているように、後継者による新たな創業、新たな成長機会への重要なターニングポイントであり(中井, 2012, p.21)、事業承継のタイミングで経営革新に取り組むことは、将来の企業発展に大変重要なものであるといえる。

久保田(2013, p.63)によれば、未来のために経営革新を行おうとしてはならず、現在のために行わなければならないと述べている。この意味するところは、将来ニーズが発生するであろう、という不確定要素をもとにするのではなく、すでにニーズがあることを見極めて経営革新に取り組むことの重要性である。特に後継者が経営革新の担い手にふさわしい理由を、①将来、会社を何十年と経営していく使命を背負っており、10年後、20年後を見据えて真剣に考える立場であること(年齢)、②子どもの頃からITに慣れ親しみ、グローバル化の中で育った後継者の強み(時代への対応力)をあげており、事業承継をきっかけとして後継者主導(視点)で経営革新に取り組む重要性を示している。

菅野(2011, p.96)も後継者による経営革新こそ、企業のさらなる発展に繋がることに触れており、企業のライフサイクルにおいて、事業承継のタイミングこそ過去を否定し、新たな改革を実行すべき時期と述べている。

事業承継は経営革新の好機と認識し、その機会を現経営者と後継者の特性を活かすことで、企業は大きく飛躍でき(鈴木, 2015, p.30)、事業承継後の業績を見ると、経営革新に取り組んでいない企業に比べ、取り組んだ企業の方が良好である割合が高く(日本政策金融公庫, 2010)、経営革新が企業業績にプラスの効果を与えることは様々な調査から明らかになっている。これは図表 2 19でも示されている。

事業承継を通じた経営革新において取り組むべきことは、経営方針の再定義や明確化、組織構造の見直し、社内外のコミュニケーションの充実、組織内における情報共有、従業員育成や意識改革等(久保田, 2010, p.152)、責任の明確化と権限の付与、社内表彰制度を通じたモチベーション向上(文能, 2013, p.299)等がある。

また、村上(2010, p.30)は事業承継を契機とした経営革新の実現には、後継者自身の意識改革が不可欠と断言している。親に懇願され、仕方なく承継した等の安易な心構えは論外であるが、先代の築き上げた会社の資産をベースに自分の代でさらに発展させていくという強い覚悟を承継前に時間をかけて醸成する必要性を示している。

・・・以上、長々と第2章でした。

第3章に続きます・・・。

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