MBA取得時の修士論文④(事業承継支援の”理想像”についての考察)

【難易度】★★★★★

【この記事では】
・私がMBA認定を受ける際に書いた修士論文④を掲載いたします。
・普段「わかりやすく」を意識して記事を書いておりますが、今回は学術的な論文であるため、気軽に読める内容ではなく、読み物としては堅苦しく、読みづらい点ご容赦ください。

~第4章 「中小企業の事業承継」と「事業承継支援専門家による支援」の理想像についての考察~

【この記事のPOINT】

第1節 中小企業における事業承継の理想像

第1項 事業承継を契機とした両利き経営の実践

前章までは、中小企業の理想とする事業承継(第2章)と、それを支援する専門家側の理想像(第3章)について先行研究レビューを行ってきた。

ここでは、それらの先行研究を踏まえ、「中小企業の事業承継の理想像」と「支援専門家による事業承継支援の理想像」を実現するための方法について考察していく。

第2章において、「事業承継を契機とした経営革新の重要性」が明らかになり、その実現のためには、第3章にて経営承継に計画的に取り組む必要性が把握できたことから、事業承継対策において、Tushman,M.L・O’Reilly,C(2013)が提唱した経営論である「両利きの経営」を適用することが効果的であると考えた。

企業活動における両利きとは、「探索(exploration)」と「深化(exploitation)」という2つの活動が、バランスよく取れていることを意味している。自社の既存の認知範囲を超えて、認知を広げていこうという行為が「探索」であり、この探索によって認知の範囲が広がり、やがて新しいアイデアに繋がるとの考えである。
「深化」は既存事業を深堀りすることの重要性を示しており、既存事業のマーケットを中心に、自社の既存の強みを高め、さらなる利益獲得に向けた活動を意味している。
一般的に「探索」は成果の不確実性が高く、コストがかかる傾向があるため、企業の成熟に伴い深化に偏っていく傾向が本質的に備わっている。

コストとリスクを伴ううえに成果が不確実な「探索」よりも、利益獲得や社会的信頼を確保しやすい「深化」に向かってしまうのは、企業の必然といえるが、難波(2020, p.42)は、事業承継のタイミングこそ、この両利きの経営の実践に取り組む効果が高いと述べている。

事業創造プロセスを、「事業機会の認識」、「事業ドメインの定義」、「必要資源の獲得と動員」の段階に分けた場合、一般のベンチャー企業は、ゼロベースから事業機会の認識を行い、新規に事業ドメインを定義し、新規に必要資源を獲得して動員する必要があるが、ファミリービジネスの新事業展開は、既存事業との関係も考慮しながら事業機会を認識し、事業ドメインを再定義し、既存資源を中心に活用し動員することになる。
そうした特徴から、ファミリービジネスは安定した既存の事業と経営資源が既に存在しており、長期的視点に立って「探索」に取り組みやすい環境が整っているといえる。また、役割の観点からも、先代が「深化」を追求する一方、後継者は「探索」を行いやすい傾向があるため、事業創造プロセスにおいて、事業承継は、基本的な経営理念や伝統を維持しつつ、「事業機会の認識」と「必要資源の獲得と動員」の機会になると考えられる(難波, 2020, p.48)。
深化の過程において既存の事業を深め、探索によって認知を既存の外に広げることで、新たな事業機会を発見することになることから、経営革新に必要なのは、探索によって認知の外にあるものを取り入れ、組み合わせていくことといえる。
深化と探索はそれぞれの根底にある文化や行動様式が異なるため、バランスよく実践することは簡単ではないものの、実践する機会となるのが事業承継といえる。
深化を追求してきた先代経営者に対して、後継者は時代変化へ適応しやすい年代であることから、探索を行いやすい環境にあり、後継者は既存事業の現場の理解とともに、深化と探索の両方をバランスよく併用することで、第二創業に繋がる新たな「事業機会の認識」の可能性が高まるといえる。

第2項 両利きの経営実践における留意点

両利きの経営を実践するにあたって留意すべき項目として、チャールズ・A・オライリー(2018, p.152)は下記の2点をあげている。
新しい事業を探求する部署には、(1)そのビジネスに必要な機能(開発・生産・営業等)をすべて持たせて「独立性」を保たせること、(2)上層部は、その新規部署が既存の部署から孤立せずに、両者が互いに知見や資源を活用し合えるよう「統合と交流」を促すこと、が重要である。
事業承継に当てはめた場合、(1)の後継者が取り組む新しい事業に「独立性」を持たせ、充分な能力を発揮できようにするためには、部署を率いる後継者が然るべき能力を習得していることが大前提となる。つまり、事業承継のタイミングで両利きの経営を実践するためには、早い段階から後継者育成に取り組むことが不可欠ということになる。
また、(2)の新規部署と既存部署の「統合と交流」については、現社長が在任中のうちに計画的に上記組織体制を整えることが不可欠である。そのためには、新たな経営方針、組織体制の再構築だけでなく、役員、従業員が理解できるような説明の他、様々な社内調整も必要となる。
古参従業員にとっては、後継経営者が後に会社に入ってくるケースも多いため、事業承継後に社長となることに違和感を覚える社員は多く(村上, 2010, p57)、抵抗勢力になりかねないとされている(三井, 2002, p.5)。また、後継経営者は「従業員との信頼関係構築」や「リーダーシップの発揮」等で苦労しており、承継前後において、現経営者による調整が必要となることが指摘されている(安田, 2005, p.71)。つまり、円滑な事業承継において、現経営者の役割は大きく、現経営者の事業承継に対する意識向上は、事業承継を機会として「両利きの経営」を実践するにあたっては不可欠なものであるといえる。

第3項 両利きの経営におけるリーダーシップの重要性
チャールズ・A・オライリー(2018, pp.149-150)は、両利きの経営を実践するために重要な4つのポイントを挙げている。
1つめは、探索と深化が必要であることを正当化する明確な戦略的意図を社内周知し、短期的圧力によって探索の取組みを損なわないようにすることであり、その際、探索の取組みは既存の資産と組織能力を効果的に活用できる戦略であることが大前提となる。これは事業承継に取り組む際、経営革新が将来会社にとって必要であること、また、経営革新の内容が自社の強みを活かせるものであることを周知することにあたる。

2つめは、新規事業の育成と資金計画に経営陣が関与し、新規事業を阻害する人々から保護し、支援することである。探索型の事業は不確定なものであり、短期的な成果を出しづらいものであるため、既存事業から見た場合、資金源の浪費と見なされかねない。探索と深化はどちらも等しく重要であるという合意形成ができない場合、経営幹部の交代も含めた対応をとる必要性もある。

3つめは、既存事業(深化型)と新規事業(探索型)の距離を保てるようにし、その中で、成熟部門が持つ資産や組織能力を活用できるような組織構造を組立てることが必要である。
2と3については、ともに組織体制の構築に関わるものであり、事業承継においても現経営者が次世代を見据えて支障が出ないように体制整備することが重要である。

4つめは、既存事業(深化型)と新規事業(探索型)に共通するビジョン、価値観、文化を育て、全社で同じチームであることの意識醸成に取り組むことであり、事業承継においても現経営者と後継者による共通ビジョンを社内に浸透させることが重要となる。しかし、親族内承継においては、親子という関係であるが故に何でも言いやすい面があるため、世代間の対立が生じやすい(井口, 2019, p134)としている。

田中(2018)は、社内の組織構造上のしがらみや関係者による先入観などが障害となることが多いため、視野を狭めないためにも外部専門家から客観的評価を獲得できる機会を設け、事業の改善に活かすことは重要と述べている。
そうした点から、親族内承継において、両利きの経営を実践するためには、世代間の心理的軋轢を最小限に抑えるためにも、中小企業診断士として、両者の意見を調整する役目も担えると考える。
また、両利きになるための最大の課題は、リーダーシップにあり(Tushman.M.L・O’Reilly.C,2013)、知的資産は競争力の源泉であり、現経営者が自社の強みを理解、整理して、後継経営者に承継することが重要であるとされている(中小企業庁, 2016, p16)ため、事業承継後に次世代経営陣(後継者)に任せるだけでは不十分であり、現経営者のリーダーシップにより、経営革新の契機として早期に実施する必要がある

第2節 事業承継支援専門家による支援の理想像

第1項 事業承継支援における中小企業診断士の役割

ここでは、事業承継をきっかけとした「両利きの経営」の実践支援にあたり、中小企業診断士の役割を整理したい。

前節 第2項の「両利きの経営実践における留意点」において、①新規部署に「独立性」を保たせるためには、後継者育成による経営能力の習得が大前提となること、また、②新規部署と既存部署間において「統合と交流」を促すことにおいては、現社長が在任中のうちに計画的に組織体制の再構築や社内調整が不可欠であることを述べた。

後継者育成については、第3章 第1節で取り上げた通り、中小企業診断士がその役割を担うことが求められていること、また、組織体制の再構築や社内調整などの組織人事に関しても「アドバイザリーの役割」として適任であることが示されている。

前節 第3項において、「両利きの経営実践における重要性」の4つのポイントが挙げられているが、それぞれの支援において、中小企業診断士として担う役割としてふさわしい点を第3章 第1節で明らかにしている。
1つめの「戦略的意図の社内周知」については、中長期経営計画の作成や社内浸透方法に関して助言する役割、2つめの「新規事業の保護」と3つめの「新規事業と既存事業の関係」については、組織体制構築に関わる役割、4つめの「共通ビジョンの浸透」については、経営理念の見直しや社内浸透の役割などは中小企業診断士が担う役割として最適であることを示している。

第2項 早期関与の重要性

前項見たように、事業承継をきっかけとした「両利きの経営」の実践支援にあたっては、後継者育成や組織体制の再構築、新規事業と既存事業に共通するビジョン浸透等が必要であり、事業承継に向けた準備期間をしっかり確保することが重要である。

支援する専門家にとっても、計画的な事業承継対策が講じられるよう、いかに「早期」に関与できるかが重要なポイントとなる。

また、これらを実行していくためには、現経営者によるリーダーシップの発揮が最大の課題となる。後継者育成に向けた環境整備や、事業承継前後に必要な組織体制の構築等は後継者が実行することは困難であり、現経営者が在任中に対応すべき課題である。

先に見てきたように、現経営者は心理的な観点からも事業承継に向き合うことを避ける傾向にあるが、将来の企業発展において、事業承継を通じた「両利きの経営」や「経営革新」の実行のために早期対策の重要性を理解し、実践していくことが望ましいと考える。

この点については、次章の事業承継専門家へのインタビューを通じて、明らかにしていきたい。

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